人種主義の政治 アン・ゴマー・スナハラ 著
2020年版の序文
『人種主義の政治』1981年版(POR1981)は、1981年に出版されてから2020年までの39年間に2回改訂されました。2000年のHTML版(POR2000)と、この電子ブック版(POR2020)です。
POR2000は1993年に全カナダ日系人協会(NAJC)のために作られたPOR1981のデジタル版を元にしています。当時、書物を機械でスキャンしてデジタル化する技術は未熟で、スキャンした後でたくさんの校正をしなければなりませんでした。そして、2000年にHTML版(POR2000) が、「日系カナダ人の歴史」ウェブサイトhttp:// japanesecanadianhistory.caに公開されました。POR2000の公開にあたっては、ドゥードゥルトロニクス社(Doodletronics)のローラ・スズキとピーター・クックに大変お世話になりました。二人は書物を電子化して、ドゥードゥルトロニクス社のサーバーに公開していただきました。そのおかげで、日系カナダ人の歴史と人権問題を勉強する学生が、POR2000 をこの20年間無料で閲覧することが出来ました。
新しく電子ブック版(POR2020)を2020年に公開できたのは、日系文化センター・博物館(NNMCC )とドゥードゥルロニクス社のローラ・スズキのおかげです。NNMCC収集部長リサ・ウエダは、わたしが『人種主義の政治』を書く時に作った研究報告とインタビューの記録をNNMCCに保管し、POR2000 を改訂して写真を追加し、電子ブックにするための資金を獲得してくれました。私はこのたび『人種主義の政治』の版権をNNMCCに寄贈しました。NNMCCが、これからもPOR2020 を日系カナダ人の歴史や人権問題を勉強する学生や教員に提供してくれることを確信しています。また「メトロ・バンクーバー地域文化プロジェクト支援金プログラム(the Metro Vancouver’s Regional Cultural Project Grants Program)」に、POR2020 の公開を支援していただいたお礼を申しあげます。
最後に、エレクトロニクス時代にまだ充分に慣れていない私を、辛抱強く助けてくださったローラ、リサ、そして実習生のリンゼイ・ジェイコブソンに感謝いたします。有難うございました。
1981年版の序文
この本の目的は、読者に日系カナダ人の辛い歴史を思い起こさせることでも、日系カナダ人差別政策の関係者を責めることでもありません。わたしは過去は過去として受け止めています。そして記録文書を使って、カナダの歴史の中の不幸な出来ごとを、そのまま読者に伝えたいと思ってこの本を書きました。たとえそれが一般に抱かれているカナダ社会のイメージと異なっていたとしてもです。
この本は二つの種類のグループの読者を対象にしています。第一のグループは、第二次世界大戦後に生まれ、寛容なカナダしか知らない人たちです。第二次世界大戦後のカナダは、差別が戦前と比べて大きく減少し、ヘイト文書は忌み嫌われ、人種差別主義者は精神的、感情的に欠陥のある人と見なされる社会になりました。このような戦後の世界に生まれ育ち、人種差別に無縁で、人種差別が如何に人を傷つけるかを知らない私も含めた幸運な人達に、この様な環境はごく最近のことで、カナダ社会の表面的な観察に過ぎないことを知らせる意図でこの本を書きました。そして、私達の住む社会は決して完全はものではなく、事情をよく知らない大衆がごく簡単に、罪のないカナダ人マイノリティに惨事をもたらすことが出来る、ということを知ってもらえれば幸いです。
第二のグループは、この本に書かれた日系カナダ人の苦難を、一番身を持って体験したカナダ生まれの日系人二世と、その子どもたちである日系人三世です。私がこの本を書いているときに、二世と三世から、「なぜ日系人はこんな差別を受けたのですか?」という何百という質問を受けました。この本がこれらの質問の幾つかに答えていれば幸いです。二世がこの本を読んで、なぜ、自分たちが1941年から1950年までのあいだに経験したことが起こったのか、その理由を理解し、三世がなぜ自分たちの両親や祖父母が、当時あのような決定をしたのかを理解してくれるとしたら、私は日系人社会に役立つことをしたという満足感を味わえると思います。
この本を書くにあたって、たくさんの人のお世話になりました。歴史家のロジャー・ダニエルズ、ハワード・パーマー、パトリシア・E・ロイは私を励まし、指導し、批評してくれました。経済的にはカナダ・カウンシルに感謝します。カナダ・カウンシルの助成金で、カナダ全国に散在していた資料を収集し、インタビューをすることが出来ました。また、資料の収集には、カナダ図書・公文書館(Library and Archives Canada)のグレン・T・ライトとマーク・ホプキンズ、カナダ外務省歴史部のジョン・ハイリッカー、カナダ防衛省歴史部のフィリップ・チャップリン大佐、ブリティッシュ・コロンビア大学図書館特別資料室のジョージ・ブランダック、ブリティッシュ・コロンビア州公文書館とバンクーバー神学校図書館の皆様に感謝いたします。
そして私が最も感謝したいのは、私のために時間を作り、質問に率直に答えてくれた人たちです。参考文献に名前を掲載させていただいた方たちのお一人お一人から、宝物のような情報をいただきました。少量の情報、膨大な情報、ときには矛盾した内容の情報もありました。その中で特に感謝したい人が二人います。ジョン・クマガイは、私に日系人の戦中、戦後の体験を研究するように勧めてくれた最初の人です。ジョージ・タナカは、このような研究をするのに必要な歴史資料が存在することを、私に教えてくれました。また、トーマス・K・ショーヤマから特に恩恵をあずかりました。ショーヤマは、敵性外国人資産管理局を説得して、私がそこに保管してある資料を閲覧できるように骨を折り、その後、これらの資料をカナダ図書・公文書館に移管することに尽力してくれました。
最後に、私の夫デービッド・フミオ・スナハラに感謝いたします。デービッドは私を励まし、カナダで日系人であるとはどういうことか教えてくれました。デービッドと話すことで、私は日系人について、どのような歴史調査によるよりも、たくさんのことを学ぶことが出来ました。もちろん本書に誤りがあれば、それは私の責任です。
翻訳者のはしがき
私は1960年代半ばにバンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学大学院に留学生として来て以来、今までずっとカナダで生活してきました。カナダ到着当初から、日系カナダ人の方々に、いろいろとお世話になってきました。1960年代後半にアルバータ州レスブリッジ市のレスブリッジ大学に就職すると、レスブリッジ周辺に、たくさんの日系カナダ人が住んでいるので驚きました。そして日系カナダ人の方々との交流を通して、日系カナダ人が第二次世界大戦中と戦後に被った差別の体験を聞くことが出来ました。こうして、私は少しずつ日系カナダ人の歴史を知るようになりましたが、どうして日系カナダ人がこのような苛烈な差別を受けるに至ったのか、その全体像を掴めませんでした。この疑問はAnn Sunahara (アン・スナハラ) の “The Politics of Racism, THE UPROOTING OF JAPANESE CANADIANS DURING THE SECOND WORLD WAR (『人種主義の政治 第二次世界大戦中の日系カナダ人の追放』)を読んで解けました。いままで聞いてきた日系カナダ人の個人的な体験が、日系カナダ人全体の歴史のどの部分にあてはまるのか、わかるようになったのです。
私は2008年10月から2012年9月まで、全カナダ日系人協会(National Association of Japanese Canadians:NAJC)の会計、2017年4月から2018年9月まで新移住者顧問(日系カナダ人社会では、主に1970年代以降に日本からカナダに移住してきた日本人を新移住者、new Japanese immigrantsと呼ぶ)を務めました。顧問としての私の仕事の一つが、NAJCのウェブサイト najc.ca の英語文書を日本語へ翻訳することでした。日系カナダ人の歴史に関する文書を翻訳しているときに、あらためてアン・スナハラの『人種主義の政治』を読む機会がありました。『人種主義の政治』は第一版出版後、既に40年を経ていますが、内容は新鮮で、現在でも日系カナダ人の歴史を知る上で不可欠だと思いました。内容をよく理解するために、日本語への翻訳を始めました。当初は翻訳を発表する予定はなかったのですが、『人種主義の政治』は、新移住者が日系カナダ人の歴史を学ぶために最良の本だと思いました。そして、もし日系文化センター・博物館(NNMCC)のウェブサイトに、2020年の英語版と一緒に日本語版を載せられれば、日系カナダ人の歴史に興味を持つ新移住者や日本の読者に役立つのではないかと思いました。
早速NNMCCに連絡すると、博物館館長のシェリー・カジワラが日本語版をウェブサイトに載せることを快諾してくれ、またアン・スナハラに私の翻訳について連絡してくれました。アン・スナハラは私に、2000年版と2020年版の相違について詳しく説明したメールを送ってくれました。私はスナハラ夫妻がエドモントンにいた時に面識がありました。
個人的な興味で始めた翻訳でしたが、日本語版としてNNMCCのウェブサイトに掲載するまでには、いろいろな人にお世話になりました。著者のアン・スナハラ、博物館館長シェリー・カジワラと蒐集部長のリサ・ウエダ、蒐集部助手金児景子さんの協力に感謝いたします。金児さんには草稿を原著と照合して細部にわたり丁寧に校正していただきました。また草稿の校閲と校正を友人で、カナダと日系カナダ人の歴史研究者である原口邦紘氏にお願いできたのは本当に幸いでした。原口氏はカナダと日系カナダ人の歴史に関する博覧な知識をもっておられますが、草稿を丁寧に校閲、校正し、翻訳についての助言をしていただきました。ここに改めてお礼申し上げます。
大木 崇